『平成三十年』は生きている


 君は、見たか、長官が、熱く語るのを。

 朝日新聞の連載小説『平成三十年』が終了して、早くも半年が経過した。作者の堺屋太一は経済企画庁長官の要職に就き、出版各社はこぞって堺屋本を出版し、あるいは増刷した。当然だ。ただでさえ売れる堺屋本である。よほど鈍感な者であっても、この商機に気がつかないはずはない。

 しかし、日本の未来を語った『平成三十年』が出版されることはなかった。インターネット上で良かれ悪しかれ話題になりすぎたのが、その原因だろうと思っている。ネット上で『平成三十年』を知ったほとんどの読者が、堺屋長官の未来観をかなり本気で心配したようだ。幸か不幸か、長官は現実の政策において、百兆円補正予算も組まなければ、パソエンの輸出促進も行わなかったし、インターネット上に「バーチャル・ガバメント」も作らなかった。「景気は低迷している」と発言して話題を呼び、その景気が「回復への胎動が感じられる」として流行語大賞を取り損ね、政府発行文書である『国民生活白書』に、「団塊の世代」なる作家時代の自身の造語を載せさせてはいたが。

 そんな長官の官房生活を傍目で見ながら、もう『平成三十年』は「なかったこと」にされているのだろうと感じていた。ジェームス・キャメロンのプロフィールに『殺人魚フライングキラー』が載らないように、『平成三十年』も栄光ある堺屋作品の鬼子として、国民が忘れ去るまで隠し続けられるのだろうと考え始めていた。

 そんな平成十一年。


「二〇〇〇年体制」繁栄か衰退か(文藝春秋99年2月特別号)

今年からはじまる「二十一世紀型先導プロジェクト」には、こうした守りの姿勢に入った日本の社会を改革する導火線となる期待が籠められています。こうした新規プロジェクトに予算をつけると、次の年度の予算編成のときには、各省とも新しいものを続けるか、従来のものを残すか、選択を迫られるはずです。各省とも、新プロジェクトもいくらかは続ける。それは古いことを止めることにも通じます。それがちょうど省庁の再編と重なり、本格的な行革が進む可能性があります。いわば「官庁ビッグバン」の導火線を引いたようなもので、これが途中で消えなければ、大きな変革になるでしょう。しかし、もしも途中で火が消えたら、私が小説『平成三十年』で描いたような、「何もしなかった日本」になってしまうかもしれません

新春対談 堺屋太一VS.浅利慶太 21世紀に向けて変えるべきこと(週刊朝日99年1月15日新春特大号)

堺屋 『平成三十年』という小説の中でも書いたんですが、郵便局はね、今は郵便物しか配達してないんですけど、これからどんどん過疎地帯が増えてくる。そういうところでは、新聞も牛乳も郵便物も宅配便も、郵便局の人が一周すれば全部配達できるようにする。帰りには古新聞から空きビンまで回収して帰る。そうすると、過疎地帯でも採算が合い、流通と情報が維持できるでしょう。

浅利 発想の転換だね。


 忘れてない、隠してないぞ『平成三十年』。しかもかなり得意気だ。

 文春で言っている「二十一世紀型先導プロジェクト」というのは、

1.先端電子立国の形成

2.交通システムを改善して、日本の都市の質を向上させる

3.安心安全な街造り。「歩いて暮らせる街」の再生

4.高度技術と雇用の流動化対策

の4つのテーマを実現するために、各省庁横断的に担当者を集めた「バーチャル・エージェンシー」を組織するというものだそうだ。そう、論壇同友会みたいなページから資金提供を受けて運営していた、高校生の間でも「ナウい」バーチャル・ガバメントの登場である。小説本編の中では、いつの間にか立ち消えしていたが、作品の補完を実際の官僚にやらせようというアクロバティックな発想である。もっとも、あっちはボトムアップだったが、こっちはトップダウンだ。

 で、これが軌道に乗らなければ、日本の変革はなくなり、「何もしなかった日本」・・・具体的にはグレープフルーツが600円になったり、介護保険料が3倍になったり、パソコンからマウスがなくなったりDVDプレーヤーが大型家電化したりすると、そのように主張なされているわけだ、堺屋ちゃんは。

 ところで、これはいったい誰の発言なのだろう? いや、「堺屋太一」という人物の発言だということは了解している。問題は、「小説家:堺屋太一」の発言なのか、「経済企画庁長官:堺屋太一」の発言なのか、ということである。はっきり言うが、これは「靖国神社を公人として参拝するのかどうか」よりも、遙かに深刻な問題だ。小説のテーマとしての「バーチャル・ガバメント」には、確かに興味とフィクションなりの説得力があった。だが、それを実際に「政府が運営する」となると、別の問題が発生しないか? 『平成三十年』を執筆するにあたって、綿密な未来予測やシミュレーションを行ったとされる、しかし、それはあくまで「小説を書く」ためのリアリティの追求であって、「政策として実施する」ためのリアリティの追求ではなかっただろう。

 未来への変革を提唱した人や書物は沢山ある。その中で、アルビン・トフラーでもなく、フランシス・フクヤマの説でもなく、あるいはウォルフレンの日本社会分析でもなく、「小説家:堺屋太一」の予測に信頼を置いた理由は、果たして「経済企画庁長官:堺屋太一」と同一人物だったという以外に何かあるのだろうか?

 その変革の具体例が、こちらもそれなりに判っていなさそうな浅利慶太が「発想の転換だね」と、軽く流した「郵便局何でも屋」説である。あの、TV電話やインターネットをかけてくれる、親切な広島県山間部の郵便局員の美談だ。宅配便には受け取りが必要だ。古新聞や空きビンを玄関先に放置しておくわけにもいかない。ところで新聞や牛乳って、朝の何時頃に配達されるか、堺屋ちゃんは知っているかい? 朝の4時頃に呼び鈴を押されて、ハンコ持って玄関までいかなければならない、過疎地帯の人々の悲劇。郵便局も、ハガキ1枚配るのに、どんな巨大なトラックでご町内を走り回らなければならないのか。

 官僚育ちの堺屋ちゃんには酷だが、反対に「宅配業者が郵便物を配達する」方が現実的だ。多くの郵便局員が失職するとは思うが。ヤマト運輸などは積極的にそれを行おうとしているが、この変革を阻んでいるのが、民間業者に信書の配達を禁じている「何もしなかった日本」の法律である。ちなみに確かヤマト運輸では、その巨大かつきめ細かい輸送力で、介護サービス事業にも進出しようとしているのではなかったか。

 めでたいと言おうか、おめでたいと言おうか。堺屋ちゃんは相変わらず『平成三十年』に本気だ。自自連立による内閣改造で、堺屋ちゃんが大臣の座を追われることがなかったのは、喜ぶべきかどうか。リライトする時間さえあれば、必ず『平成三十年』は我々の元に単行本として登場する。そんな胎動が感じられた、平成イイ年のできごとであった。

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