ネットワーク・ソサエティー──観光立国

持参したノート・パソコンを食卓の上に置いた。働く女性の間で流行のケリー・バッグ風、色もしゃれたえんじだ。ディスプレー側には 財布や化粧品を入れる革袋が付いている。ノート・パソコンも、近頃はファッション化が著しい。 (第131回)

 「ネットワーク・ソサエティ」だなんて、気を持たせる章題をつけながら、なかなかやってくれなかった平成三十年であったが、久々の爆発ネタ。なんなんだ、「ケリー・バッグ風」ノートPC。使いにくいぞ間違いなく。しかも「財布や化粧品を入れる革袋」つき。いらねー、邪魔だっつーの。松沢ひとみちゃんが作った歩野くんのマスコット人形、電卓付・ビタミンC配合・細胞壁破砕クロレラ含有ってのを思い出す無意味な組み合わせだ。「パソコンしながら化粧直しをしたくなったとき、化粧しながらパソコン直しをしたくなったときにお使い下さい」「それ以外の時は使わないで下さい」という感じか。そんな無意味な物を開発するくらいなら、カード・スロットに差し込める携帯電話くらい発売してくれ、オワリコン株式会社。

 てなことを書いてたら、PC-CARDと一体型になったPHSというのが、もう発売されていたことが発覚。三菱電機及びDDIのページで探してみたが、詳しいスペックはわからず(音声通話が出来るのかどうかも含めて)。ただ、発売開始が今年の7月下旬、発表は5月にあったというから、『平成三十年』の連載開始前だ(笑)

母の弘子は、好きなテレビの連続ドラマを話題にしたが、木下も市子も、それを見ていなかった。何百チャンネルもの宇宙放送が飛び交う今 は、ヒット番組でも個人視聴率は一〇%を越えることがない。 (第131回)

 「宇宙放送」恐いですね、ジョディが傍受してるやつですかね、いきなりヒトラーの演説が聞こえたりするんでしょうか? それが何百チャンネルですからね、見る方も大変ですが、スポンサーも大変です。ハウス食品なんかCM料で潰れるんじゃないでしょうか? 番組制作もしんどいですね、全局オリジナルなんでしょうかね?

 ところで、オンデマンド放送が実用化されていたら、どう考えても何百チャンネルものなんか必要ないと思うんだけど、堺屋ちゃん。

「例えば、出雲空港に入って尾道から西瀬戸ルートで四国に入って明石大橋、それから神戸レジャーワールドか大阪ユニバーサル・スタジオ を見て関西空港から帰るという4泊5日のルートね。これ実際に人気のあるルートなのよ」 (第135回)

 平成29年頃にはアジア諸国からの観光客が激増しているらしい。で、このコースは、大手旅行代理店に勤める市子が薦める関西観光の人気コースだ。

 神戸レジャーワールドっていうのが何かは知らないが、明石大橋や大阪ユニバーサル・スタジオなんていうのは、今年か来年・・・要するに平成9年ないし10年に建設されたものだ。平成29年現在だと、20年を経過した老舗の施設ということになる。20年前、レオポン・ブームで大人気だった甲子園阪神パークが、今、どうなっているか、冷静に考えてみよう。

 第一、人口12億(平成9年時点)を擁する中国に、自由経済の恩恵でレジャーを楽しむ余裕が出来たとしよう。例えばウォルト・ディズニーなりユニバーサル・スタジオのような大手レジャー企業が、それを放置しておくと思うか? 北京ディズニーランドなり、上海ユニバーサル・スタジオなんていうものが建設されているとは思わないか?

 観光立国をめざすのであれば、世界中、どこにでもある品質のレジャーを考えるより、日本にしかないものをアピールしよう。それが本当のスペイン化というものだ。京都や奈良、姫路といった「世界文化遺産」をかすりもしないコースを設定しているようでは、市子さんの「キャリア・ウーマン」としての実力も、底が知れているというものだ。

「私たちはホテルと代理人契約してね、予約状況をインターネットに繋(つな)いでおいて、団体客の宿泊希望が出ればすぐ応札する、それでまとまれば双方か ら手数料貰(もら)うのよ」(第136回)

 インターネットで空室状況を確認し、仮予約を入れることは現在でも行われている。それを市子さんたちは独占しようというのだろうか。我々一般の利用者からすれば、もともと無償で利用できたサービスに、突然仲介業者が割り込んできて「手数料をくれ」と言われるのだからたまったものではない。ついでに「インターネットに繋いでおく」という表現も、相変わらずよくわからない。

 市子はパソコンにパスワードを打ち込んで、参加予定者リストを映し出した。(第136回)

 未だにディスプレイのことを「テレビ」と表現する人がいる。リストとて要するにファイルなのだから、最低限「開く」という表現を使ってもらいたい。「パソコンにパスワードを打ち込んで」? Excelのブックをパスワード管理しているようなものだろうか? しかし、そんな大事なファイルを、市子ねーさんは「共有フォルダ」に保存しているのだろうか? あるいはWAVE2010になってから、パソコン起動時のセキュリティ管理技術も絶滅してしまったのか?

ネットワーク・ソサエティー 苦痛の規格

 なんだか奇妙な論理に貫かれた話である。木下の妻、平美の母親が靭帯損傷で入院、手術を受けることになった。あとに残されたのは

掃除も炊事も一切できない(第138回)

が、

79歳でもゴルフに行けるような健常者(第138回)

の父親だけである。平美とその父は、介護保険のヘルパーを派遣してくれるように要請するが、適格者ではないと断られる。父親は

俺(おれ)は20年近くも介護保険を支払って来たんだから(第140回)

と憤懣やる方なく、実の娘の平美(専業主婦)も、少々お金になる

手話のボランティアを再開する予定(第140回)

が立たないと、困っているという話だ。

 平成29年には介護保険料も6倍化しているらしいが、こんなアホに派遣するヘルパー数を削減すれば、国民負担も少なくなることであろう。「家事が出来ないだけのピンピンしているじじい」が要介護者か? で、そんなじじいを国民の負担で「介護」させて、自分はボランティアという名のアルバイトに精を出す実の娘(保護責任者)・・・・・・こんなのをいちいち認めてきたから、公的保険は雪達磨式に支出が膨らんできたんだろう?

 「これは今、ドイツの医療資本が許可申請して来ている施設ですがね。病室に普通の1DKマンションが付いてるんです。夫が長期療養にな ると、隣のマンションに妻が住めるってわけですよ。ドア1枚を隔てて右は医療施設、左は賃借不動産、パソコンもキッチンも付いてるんです よ。その上、庭を隔てたここには、ペット預かり所まであります」 (第145回)

 DVDプレーヤーやテレビ電話やファクスやパソエン宴会場はついていないらしい。

 「もう一つは『遠い隣人の会』に問い合わせることです。インターネットで……」 (第146回)

 出たな、インターネット(笑)

 「あかねんとこは、おばあさんが去年死んで、おじいさん一人になったのよ、滋賀県で。そのおじいさん、町長してたんだけど、何にもできないんだって松戸のおじいちゃんと同じで」

 成子の口調には高校生にありがちな嫌老感が滲(にじ)んでいた。それに苛立(いらだ)ったのか平美が先を急いだ。

 「それで、どうしたのよ」

 「それで、インターネットで『遠い隣人の会』のホームページに出したのよ。滋賀県でおじいさんの世話してくれる人がいたら、その人のおじいさんかおばあさんが大田区にいたら面倒見ますって」

 成子は、補助椅子(いす)を引っ張って来て食卓の横に腰掛けた。

 「そしたら、すぐにコンピューター会社の人で滋賀県に転勤した人から申し込みがあったのよ。田園調布のおばあさんの面倒見てくれって」

 「田園調布と滋賀県とで親の世話を交換するのか」

 木下は唸(うな)った。(第147回)

 おそるべし、「遠い隣人の会」。21世紀は今よりずっと世知辛くなっていると思っていたら、ネットワークを通じて、こんなに心温まるコミュニティが出来上がっていたとは。ええ話やなあ。涙が出るねえ。

 で、やっぱり「『遠い隣人の会』のホームページ」を見たら、介護が必要な年寄りの一人暮らしリストが、ずらっと並ぶのでしょうな・・・「ホームページに出した」ってことなんだから。メールで、滋賀に勤めるコンピュータ会社の人と打ち合わせをして、さて、「田園調布のおばあさん」に会いに行ったら、そんな人物は実在しなかったりして。さあ、滋賀で一人暮らしをしている、元町長のおじいさんの生命と財産は風前の灯火!

 「産業情報省ウォッチャー」の時もびびったが、ホントに本作は「認証」という手続きに無頓着である。見ず知らずの人間が、本当に間違いのない人物かどうか、どうやって確かめるのだ? 「ホテルの空室情報」と「要介護老人情報」を、何の躊躇もなく同列に並べて、「ネットワーク・ソサエティ」もないだろうに。真面目な朝日新聞読者が本気にしてはじめてしまったらどーするんだ? 唸っている場合ではない。

 木下和夫・平美夫妻の『遠い隣人』は、すぐ見つかった。その日の夜、娘の成子の作ったカレーライスを食べたあとでインターネットを見ると、 松戸と東京都心とで高齢者支援を交換したいという告示が3件も入っていた。その中で木下が選んだのは、神谷甚平という40歳の大企業研 究所員だ。

 4年前に前妻と離婚、当時4歳になる男子を引き取って新宿区の生家で両親と共に暮らしていたが、2年前に現在の妻と再婚、子供を親に 預けたまま職場に近い千葉県流山に転居した。離婚率が20%を越える今では、ありふれた話だ。

 ところが、1週間前に、66歳の母親が肝臓疾患で入院、3カ月の加療を要することになった。

 「父(66)は健常だが、勤めの都合で週3回帰宅が遅くなるので、子供の面倒を見て欲しい」

 インターネットの告示には、そう記されていた。 (第148回)

 心配した通りのことが書いてある。「40歳の大企業研究所員」なんて肩書きは、インターネット上では簡単に捏造出来るというのもあるが、「66歳の老夫婦が新宿で8歳の子どもの面倒を見ていて、しかもその家は週の内3回、遅い時間まで子ども一人だ」なんていう情報を、簡単にネット上に開示して、世界中に発表してどうする?

 「遠い隣人の会」は善意の団体かもしれないが、だからと言ってそのサイトにアクセスする人間が善意であるとは限らない。「遠い隣人」ならぬ「怪しい隣人」ではないという保証を誰がするのだ? 世界中の技術者が、なぜ電子認証や暗号化システムの研究を、必死になってやっているのか、その理由が堺屋ちゃんにはわかっているのか?


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