政治犯・金賢姫 犯罪史上衝撃の大韓航空858便爆破事件 真由美
全乗客・乗員115人と共に消えた飛行機は、爆破されていた。
肉親を、愛する人を、なぜ失わなければならないのか。
その問いかけに応えるものは、目に見える事実以外にない。
『政治犯・金賢姫 犯罪史上衝撃の大韓航空858便爆破事件 真由美』 MAYUMI
監督:申相玉
出演:金曙羅、大信田玲子、ジョージ・ケネディ
1990年 韓国
1987年11月29日、アブダビ空港をソウルに向けて発った大韓航空858便が消息を発った。韓国政府はこれを北朝鮮の破壊工作員による爆破と発表し、蜂谷真由美という名の日本人を装った美人工作員・金賢姫の犯行とした。これに対し、北朝鮮では一貫して事件への関与を否定、韓国による自作自演だとして反論している。
冒頭に挙げた言葉は、『真由美』のビデオ・ソフトの解説に書かれた言葉である。
既に事件についてのある程度の認識は、読んでいる人全てにあるものとして話を進める。
私は今でも、この事件の真相は、北朝鮮の言う「韓国の自作自演」だと思っている。こう言うと、善良な人からは、韓国が自国の飛行機を墜落させ、多数の自国民を殺したと言うのか、と反論されることだろうが、ちょっとだけ落ちついて頂きたい。私は、大韓航空858便が墜落したという、その事実が存在しなかったと思っているのだ。
「大韓航空858便は、事件の当日何者かの指示によって故意に空路を離れ、その後全く別の便として韓国内の空港に着陸した」...これが私の、確信に近い推論である。
事件そのものの存在を疑わせるのは、事件当時、「爆破」されたとされる付近の海域から、機体の破片も、乗客・乗員の遺体も、何一つ事件の発生を証明する物的証拠が発見されなかったことにある。大韓航空機の失踪とほぼ同時期、同じインド洋で南アフリカ航空機が墜落しているが、その凄惨な現場の状況と比べて、大韓航空機の「事故」現場は余りにきれいすぎるのだ。何年か経って「大韓航空858便の機体の一部」とされる破片が、「事故」現場に近い海底から発見されたと報じられたが、実にその破片は、大韓航空のロゴの入った尾翼の一部と、やはり「858便」のものであることが記された救命胴衣の一部。こんなに都合の良い破片だけが発見されるという不自然さは、疑いをますます強めさせるだけであった。
さらに、858便の消失からしばらく...確か丸一日程度だったと記憶するが、858便を内陸部で発見した、との、誤報が流されていた。阪神大震災における「30分間の誤報」を例に取るまでもなく、こういう大事件では、初期情報の混乱による誤報はつきものだというのも事実ではある。しかし、松本清張が在日米軍による撃墜だとした1952年の「もく星号墜落事件」でも、やはり事故現場以外の場所で機体を発見したとの「誤報」が発せられ、捜索の目を丸一日釘付けにしていた。米軍が何等かの工作を行なうために、その誤報を流したと言われており、真相は今もなお不明だが、おそらく事実であると言われている(墜落したもく星号には、米軍が日本から不当に応酬した宝石・貴金属を売り捌いていたブローカーが乗っており、その証拠隠滅のためであった、と、松本清張は推理している)。これは、偶然の一致だろうか。
同じ大韓航空機がソ連機に撃墜された事件を思い出してほしい。東京経由ソウル行の同機には、日本人は勿論のこと多数の外国人乗客が乗っていた。しかし、大韓航空858便には韓国人乗客しか乗っていなかった、これも事件の真相を疑わせるに十分な事実である。不思議なことに、この機に乗っていた外国人乗客は、消失前に立ち寄ったアブダビで全員降りているのである。
「事件」後に韓国側によって発表された北朝鮮の目的、「ソウル・オリンピックの開催を妨害するため」というのも、実に説得力のない根拠である。これは北朝鮮の立場に立ってみれば簡単に判ることだが、ある国の航空機が「事故」で墜落したとして、その国で行なわれるオリンピックへの参加を誰が躊躇するだろうか。例え大韓航空機が10回連続で墜落したとしても、それが「事故」である限り、参加国には全く影響を与えない。何故なら、例えば日本人選手団なら、「日航機」で現地に入れば何の問題もなくなるからだ。北朝鮮が本当にソウル・オリンピックの開催を妨害しようとするならば、そのためには単に大韓航空機が「事故」を起こすだけではなく、その「事故」が、敵対勢力...すなわち北朝鮮自身による「テロ行為」により発生したことが判明しなければならない。そうでなければ、その航空機事故は、韓国内の治安の問題 とは全く無関係の出来事ということになる。
大韓航空機事件の起きたタイミングは、ソウル・オリンピックの開催直前であったのと同時に、韓国初の、普通選挙による大統領選挙の直前であった。当時の韓国与党、民主正義党の蘆泰愚候補は、この事件の追い風を受けて圧勝した。彼は朴成煕、全斗煥の後継者として、「北」との対決姿勢にあったことは言うまでもないが、対立した有力候補、金泳三、金大中は比較的「北」に対して穏和な姿勢であった(金泳三は、その後韓国の保守合同「民主自由党」の党首となり大統領となった。ちなみに映画『真由美』の公開は、次の大統領選挙の直前である)。「爆破事件」の恩恵を最大限に受けたのは、北朝鮮でも韓国野党でもなく、当時の韓国与党そのものだったというのは、これも偶然なのだろうか。
航空機を消すことは、大変簡単である。日航機の御巣鷹山の事故を見ても、その他幾多の航空機事故の例を見ても、航路を離れた航空機を再発見することがいかに困難であるかは簡単に推測できるだろう。
以下は私の想像である。
オリンピックの開催を間近に控えたある国で、それまでの軍事政権の時代が終わりを迎え、直接選挙により初めて大統領が選出されることになった。有力なのは現職で与党の候補であったが、学生運動なども度々起こるこの国では、万一の落選は十分にあり得ることであった。
この国には敵対する分裂国家があった。テロにより政府の要人を殺されたこともあった。そこで現職は考えた。この敵対勢力によるテロ行為を偽造して、選挙の宣伝として有利に働かせよう...と。そこで考えたのが、航空機テロである。ある国際線航路の航空機を敵国に爆破させることにする。うまいことに敵国は自国で開かれるオリンピックに反対している。オリンピック妨害を口実に機体を爆破されたことにするのだ。
政府と与党は入念な準備に入った。まず、「爆破」される航空機の乗客は、口の固い者であることは勿論、全員自国民でなければならない。但し、犯人たる敵国の人間を演ずる者の仮の国籍は他国の物でなければならず、また、不自然さを解消するためにも、途中までは外国人乗客を乗せる必要はあった。
消失した航空機が自国領に入るまでの間、万一にも発見されてはならない。そのためには、捜索の目を別の場所に引き付けておく必要がある。そのために、機体発見の「誤報」が流された。全世界の目がそこに向いている間、その機体は地上からの管制を避けながらその国の領空に入り、事前に準備された架空の国内線機として着陸した。
「爆破犯」も、やはりその国の航空会社の人間に発見され、逮捕される。若く美しいその女性犯は、敵国にだまされていたとして同情を受け、その国の寛大な処置により死刑を免れる。
全ては筋書き通りに進んだかに見えた。しかし、同日、同空域で、他国の航空機が想定したものと同じ事故を起こしていた。そこで数年後、その国は事故機の機体発見のニュースを流し、機体の大部分は、外国の少数民族が引き上げ、処分してしまったという別のストーリーを作ることとなった。
映画『真由美』は、当然のことながら韓国側の事実認識に基づき作られている。
『悪趣味洋画劇場』の中で、この『真由美』は一度だけTV放映されたのみでビデオ化されていないこととなっているが、正確にはジャパン・ホーム・ビデオより発売され、一時期レンタル店にもかなり置かれていた。但し、私の確認した「日本語吹替え版」のソフトは、元々はTBSでのTV放映用に作られたものであり、CM部分のカットも入っている。「字幕スーパー版」が存在するのかどうかは不明である。
この作品についてはTV放映時にも観ていたが、それは事件そのものに対する関心もさることながら、これを監督した申相玉監督への関心からである。この監督は、実は数年に渡って北朝鮮に「拉致」され、そこで幾つかの作品を撮っていたのだ(「拉致」から「脱出」までの経緯は、監督夫婦による著作『闇からの谺』に詳しい)。そして私が唯一観ている北朝鮮時代の作品が、脱出直前に日本人スタッフとの合作で製作された特撮怪獣映画『不可殺而(ブルガサリ)』だったのである。尚、この撮影の模様をレポートした着ぐるみ俳優・薩摩剣八郎の『ゴジラが見た北朝鮮』その他によれば、この『不可殺而』も本邦公開はされていないこととなっているが、実はプリントが1本...試写用のものと思われるが日本に入っており、少なくとも大阪で1回だけ劇場公開されている(追記:この時のプリントからその後海賊版的にVHSが発売され、国内公開はさらに困難になるものと予想されたが、北朝鮮政府との申し合わせにより「申相玉監督作品ではない」という前提で、タイトルバックを変更し、レイジング・サンダーが全国公開、DVDも発売された)。
ある意味で北朝鮮で政府の宣伝映画を撮っていた監督が、帰国早々今度は韓国の宣伝映画を撮る。これは映画人の政治姿勢について深く考えさせられる出来事であった。実際、『不可殺而』も、途中から見た同時上映作品『塩』(金日成が救世主的な役柄で登場する戦争時代の映画)も、無理やり撮らされていたとは思えないほど良く出来ていて、面白いのだ。『真由美』も然り。これは、木下恵介、今井正、山本薩夫といった、戦後「民主的」な作風を売りにしてきた監督たちが、戦時中は「無理やり撮らされていた」と称して多数の戦意高揚映画を製作していたのを想起させられる事実である。
『真由美』の特撮場面はアメリカのスタッフによって撮られている。機体爆破のクライマックスがそれだ。高性能爆薬によって高々度で横っ腹に穴が開いた飛行機から乗客が絶叫を残して吸い出される。続いて片翼がもがれ、バランスを失した機体が落下を始め、そのまま大爆発を起こして四散する。この場面の迫力はなかなかのものだ。
何のつもりなのか笑ったのが、バーレーンの調査官として登場するジョージ・ケネディ。確かに仕事を選ばない俳優として、日本映画でも『復活の日』や『人間の証明』などに出ているが、やはり印象的な役柄は『大空港』に始まる「エアポート」シリーズ。最新作の『エアポート1994』に至るまで、本場アメリカの航空パニック映画本家本元シリーズの常連役者なのだ。大真面目に作っている映画だろうに、こんなところで客を笑わせてどうする。パロディなのか? 『真由美』は。
とにかく映画では、韓国側に身柄を引き渡された真由美こと金賢姫が、資本主義経済の進歩した社会に混乱し(当然のことながら、例の大統領選挙場面は大々的に流される)、自分のしたことの過ちを認め、第一回公判に臨む。そこで遺族たちに罵倒され、自殺しようとしたところで止められる。このラスト・シーンで流れるナレーションが印象的だ。
「君は間違った教育を受け、そのために過ちを犯したんだ。その罪を償うためには、勇気を持って生きることだ。生きて全てを告白することだ」
確かこの映画の製作当時、金賢姫に対する判決は出ていない。言うまでもないことだが、航空機を爆破して乗客・乗員全員を死に至らしめた場合の判決は、死刑制度のある国ならば例外なく死刑である。
現実には、金賢姫は、この映画の予想通り死刑判決を受けなかった。
ベトナム全面戦争に突入するきっかけとなった「トンキン湾事件」が、実は全く事実無根であったことが判明するまでには、長い時間を要した。
湾岸戦争当時、イラクが行なったとされていた「ペルシャ湾への原油放出」も、現在では行なわれなかったという説が有力である。
『真由美』を監督した申相玉監督は、その「脱出」までの間、「北朝鮮に自らの意思で亡命した」ことになっていた。
申相玉監督作品『不可殺而』は、日本では一般公開されていないことになっていた。
例え様々な情報が氾濫しようとも、それが「事実」を語っているとは限らないのである。
追記:この映画で民主韓国の象徴として登場した蘆泰愚元大統領は、光州事件での「軍事反乱罪」で、懲役20年を越える実刑判決を受けた。