アンドロイドはMS-DOSで考えるか

 はじめてこのページを訪れる皆さん、こんばんわ。とりわけHyperGrandFunk'97から来られたみなさん、ようおこし。

 えー、ここは朝日新聞に連載されている小説、『平成三十年』にツッコミ入れるページです。が、ホームページにもあるように、既に『平成三十年』については、別にコーナーを設けて、そこで連載第1回から最新までのトホホ描写に対するツッコミを細かく入れてます。そういう内容を読みたい人は、今から張り切ってジャンプして下さい。

 さて、HyperGrandFunk'97ですが、サイト自体はいいですし、私も好きなページではあります。が、本ページに書かれてある文章の、冒頭だけ読んでつまんないツッコミを入れたバカがいます。引用すると、

他人の未来SFをこき下ろしているわりには 「今では語り種になっている「ロボコップはMS-DOSで動いてる」なんていうのも、ロボコップが構想された当時、GUIの出現を予想出来 なかったからに他ならないからだろう。」 なんてとんでもない勘違いを平気でやってくれてます。こいつ、本気でそう思ってるのか? 密告者 (棋士哩 亨(偽者) 26才)

・・・って内容なのですけれどね。はいはい、当時GUIは実在しましたね。Macとかいろいろね。どっちでもいいんですけど、ンなことは。

 んでまた、ちゃんとした知り合いの人からもメールでご指摘頂きまして、要するに「制御系のコンピュータにDOSとかGUIとか、そういう問題ではないでしょう」という内容でありまして・・・。

 うーん・・・・・・「ロボコップがDOS」、そんなに気になりますかねぇ。第一この部分は、落語で言えば「マクラ」、漫才で言えば「ツカミ」というところで、本文の内容とはあまり関係がない部分なのですけれど。

 『日本沈没』にしても『ロボコップ』にしても『ウルトラマン』にしても、映画や小説の「場面としての描写」としての説得力が、当時の目で見た場合と、今とではどうなのか、ということで「未来描写のあり方・難しさ」の例を挙げてみたまでです。当時とすりゃ、ロボコップがDOSで考えている描写の方が、観衆の説得力を得る・・・と製作サイドは考えたわけですわ。それは、こんなにも早くにGUIとかオブジェクト指向とかが一般に普及するだろうことが予測出来なかったからでしょ?

 Kinki Kidsの光一君が去年主演したドラマ『サイボーグ』では、彼が考え事をしている描写として、Macのウィンドウがパカパカ開いたり、回想シーンともなればQuick Time Movieで主観映像が再生されたりしてましたな。それはそれで「ドラマとしての」今の描写としてはええのではないか? ただ、それが10年後に、同じように説得力を持ち得るか、というのは別問題だねぇ、と言っている。

 それに対して本題の『平成三十年』の方は、今見ても十分変だと。『電磁戦隊メガレンジャー』でパソコン少年がやおら起動中のドライブからフロッピーディスクを抜き出して、目の前に差し出し、「今データをセーブ中だから後にしてくれ!」と言う(←ディスク抜いたらセーブでけへんやん)とか、『ジュラシック・パーク』でパスワード・セキュリティがかかったMacの電源を切って再起動したら、何故かパスワード入力画面をクリアできるとか、そこら辺の変さがあるのではないの? と言ってるのだ。

 つーことで、続くページで言いたいことを、ここで全部言ってしまったので、もはや読む必要も薄いと思われるが、「ロボコップがMS-DOS」が、どうしても気になって仕方がない人のために、文章を2パターン用意した。

 前者はオリジナル、後者は「まくらの部分の例示を全てカット」した短縮版である。好きな方を読んで下さい。

未来予想図2018(オリジナル)

未来予想図2018・ロボコップネタなしバージョン

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